中世西洋音楽とグレゴリオ聖歌に魅せられて


 

中世西洋音楽と劇

中世の典礼劇

中世における宗教的な題材を扱った音楽劇を典礼劇といいますが、この典礼劇の元となったものが「トロープス」でした。音楽と演劇の結びつきという点において、典礼劇はオペラの遠い祖先の一つであると考えられていますが、その典礼劇がグレゴリオ聖歌を注釈するトロープスから生まれたということは、西洋音楽の最も世俗的なジャンルであると思われるオペラでさえも、グレゴリオ聖歌無しには成立しなかったのかもしれません。復活祭のミサ中の聖歌に加えられたキリストの復活のくだりを歌う対話型のトロープスが祭壇の脇で寸劇をつけて歌われるようになり、それが次第に規模が大きくなり、演じられる場所も教会の中から町の広場へと移っていったものと考えられます。北フランスの町ボーヴェで上演された<ダニエルの劇>は、ネウマによる楽譜が完全に近い形で残されており、それに基づいて復元された演奏を聴くこともできます。

典礼劇の概要

典礼劇(liturgical drama英語,dramma liturgico伊語,drama liturgicumラテン語)は、11~14世紀に行われた宗教的音楽劇のことです。もっと広い意味で捉えて、宗教劇一般を指していう概念もある。いずれも20世紀頃から用いられるようになった概念であり、呼称でもあります。さて、典礼劇の存在意義は、中世の教会の美術(ステンド・グラス、壁画、彫刻)が聖書(典礼ではラテン語訳が用いられていた)を読めない人に役立ったのと似ています。教会の絵や彫刻が動き、歌い踊り出したものと思えばわかりやすいかもしれません。多くは世俗的要素と宗教的要素の合体といえます。

典礼の言葉
典礼といえば聖堂内で司式される儀式(ex.ミサや聖務日課など)です。一般には聖堂内では演じられることはなく、教会堂の入り口や他の場所で演じられ、14世紀頃には広場などに場が移っていったといわれています。そしてもっと後には造られるようになった劇場に移っていくのです。典礼はすべてラテン語で行われ、聖職者や学者以外は殆どそのラテン語は理解されなかった。典礼劇は断じて典礼ではなく、典礼の一部分を構成するものでもありません。典礼から切り離したものとして様々な目的のために演じ、歌い踊り演奏されました。例えば大きな祭日の催しとして、あるいは信仰心を高める啓蒙として行われた。典礼劇でもラテン語が使用されたが、ふん装して演じればその演じられる劇の意味は掴めたと思われます。
典礼の発展
中世教会の儀式の中に、典礼劇というものが現れ、最初はグレゴリオ聖歌の規律から開放されたいがために、規定の音楽に修飾を施したり、新たに作曲したものを挿入したりしていたが(この付加された部分をトロープスと言う)、次第に新しく付加された部分だけが独立しそれに聖書の一節が台詞として供えられて、民衆に対してキリスト教に関わる色々な場面を具体的に表現する音楽劇へと発展していったのでした。
典礼の種類

現在知られている物には以下のものがあります。

  • 英国やフランス各地に偏在する、『墓場で誰を探しているのか Quem quaeritis in sepulchro』キリストが埋葬された後復活したのを知らず、マクダラのマリア達が墓の前で遺骸を探している所へ現れた天使が尋ね、キリストが復活したことを教える場面を劇にしたもの
  • 12Cのフルーリー教会の僧侶達が編纂した戯曲集に収められている、『ヘロデ劇 Herod』、『クリスマス劇』他
  • ボーヴェに伝わる、『ダニエル劇 Ludus Danielis』
  • ヒルデガルド・フォン・ビンゲンの、『諸徳目の秩序 Ordo virtutum』
名称
典礼劇という典礼からみればやや世俗的で娯楽的な音楽劇のことを、教会・修道生活用語で指し示したのだといわれています。ちなみにこれらの用語の本来の意味は、オルドは「典礼歴」や「修道生活の規律」、オフィチュウムは当時は8つあった「聖務日課=時課の祈り」、イストリアは食堂などで朗読される<聖人伝>などのこと、ミステリュウムは宗教的な神秘・秘儀の意であるが、具体的には「ミサ」や「秘跡」に関わるの典礼と式のことを示す語です。中世においてはオルドordo、オフィチュウムofficium、イストリアhistoria、ミステリゥムmisteriumなどといわれていました。これらの語はすべて修道院生活における祈りの務めに関する用語です。そうした用語を隠語的にあるいは洒落やウィットで全く異なる事を指して言うことが修道院生活などで見られます。例えば日本では仏教などの早朝の勤行のことを「お務め」と呼び、これを全く別の意味で用いることがよくありますが、これと似たことと考えられるかもしれません。
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ダニエル劇

資料的な再現などに留まらない、21世紀に生きている者も、ワクワクさせられるデュファイ・コレクティヴによる『ダニエル劇』。「中世」だからといって、変にヘヴィーになるのでもなく、妙に軽くなるでもなく、古色蒼然となるでもなく、エキセントリックになるでもなく、典礼劇に、不思議な清々しさのようなものを纏わせて、颯爽と物語を綴っていきます。とはいえ、「中世」の音楽の超越感というのか、"クラシック"にカテゴライズされながらも、まったく異なるサウンドが響くその音楽世界は、ある意味、異様に感じます。ですが、明らかに自由なサウンドがあって、写本に残された一本のメロディの可能性は、無限のように思え、その、何にも捉われない音楽は、日常的に用いるカテゴリーの、作為的な垣根を突き放すようでもあります。「中世」も、クラシックも、典礼劇であることすら飛び越えて、音楽そのものとして輝き、魅力的です。

あらすじ
バビロンはその王ベシャザールの下で空前の繁栄をむさぼっていた。ある日宮殿の王の前に右手が現れ、壁に「メネ・テケル・ファレス」と書いて消え去った。 王は非常におののきすぐさま国中の賢者達に何の意味か問いただしたが、誰もこれを理解する者がいなかった。ところで、国のある所にダニエルという予言にすぐれた詞を詠むユダヤ補囚の若者がおり、 その評判が王の耳に入った。王はダニエルを呼び出し褒美と引き替えに壁の文字の意味を尋ねると、 ダニエルは神がベシャザールに対して審判を下そうとしている事を読み答え、 それを聞いたベシャザールは改悛の意を示しダニエルを重宝して王の脇にその座を設けた。しかしペルシャのダリウス王が攻めてきてバビロンとその王を滅ぼした。ダリウス王はダニエルの事を聞いて知っていたため、バビロンの王と同じように丁重にもてなしていた。 しかしそれを嫉んだ部下の讒言によって王はダニエルを捕らえ、「神が護るなら救われるかも知れないぞ」と ライオンの穴に押し入れた。 ライオンが引き裂こうとしたところ天使が現れてダニエルをライオンから護り、ハバククという老人を召使いにして 食事を届けさせた。ダリウス王はダニエルが神に護られているのを見て讒言であったことに気づき、ダニエルを解放して代わりに讒言者達をライオンの穴に押し入れた。こうしてダニエルは元の地位に戻り、ユダヤの補囚が終わることを予言した。最後に、天使がダニエルにキリストが生まれた事を知らせて劇は終わる。
ダニエル激の始まり

ラヒリウスによって作られた『獅子の穴の中のダニエル』などが、原型としてあげられます。ボーヴェの作品は毎年の行事として上演される中で、次第に洗練、複雑化して今日伝えられる最終の形になったようです。ボーヴェの大聖堂に伝わる写本によれば、下級聖職者が気晴らしのために騒ぐ無礼講の日(愚者祭)などのために作曲されたそうです。こういった愚者祭は当時かなり広く行われていたらしく、それを非難する公文書が残されています。写本自体は13C(恐らく1230年周辺)のものですが、トラバドゥールやトルヴェールなどが作った様々な版が寄せ集まって最終的にこの形になったと考えられています。

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