中世西洋音楽とグレゴリオ聖歌に魅せられて


 

中世西洋音楽とノートルダム

ノートルダム楽派について

ここで中世西洋音楽とノートルダム楽派についてお話します。多声音楽の形態がそれだけ複雑になってきたということは、複数の演奏者がテンポやリズムを何らかの方法で合わせなくては演奏ができないということになります。従来のネウマ譜では音の高さは明示できても音の長さは表現することができませんでしたので、次代の音楽家の課題は、音の長さをも表現した楽譜を発明することであったのです。この課題を最初に解決したのが、ノートル・ダム楽派と呼ばれた人たちです。

パリのノートル・ダム寺院

パリのノートル・ダム寺院はゴシック様式による代表的な建築物で、1163年に着工され、最終的には1245年に完成しています。ちょうどそのころ、レオニヌス、ペロティヌスといった音楽家がこのノートル・ダムを中心として活躍していました。レオニヌスは長く引き伸ばされたグレゴリオ聖歌による定旋律を低声部に置き、上声部が軽やかに動きながら定旋律を装飾していくスタイルの2声のオルガヌム大曲集を作曲しました。レオニヌスの後輩にあたるペロティヌスはリズムの動きを統一的に秩序づけ、また3声、4声と声部を拡張することで先輩の作品をより精緻なものへと作り変えていきました。

モドゥス・リズム
ここで用いられているリズムの統一方法はモドゥス・リズムと呼ばれるもので、6つのモドゥスの組み合わせにより曲が作られました。このモドゥス・リズムは、モーダル記譜法という方法により書き表されましたが、これにより初めて音の長さを表現することができたのです。

ギヨーム・ド・ポワチエ

最初のトルバドールといわれるギヨーム・ド・ポワチエは、当時フランス王をはるかにしのぐポアチエとアキテーヌ領を治める領主でした。それに続くトルバドールやトルヴェールもみんな王侯貴族だったそうです。偉い人の文化的たしなみ、騎士の教養、宮廷のお遊びだったのですね。神を誉めたたえ祈る音楽から、美しいものを賛美し、女性への愛の喜びを歌い、神は永遠かもしれないが、一世を風靡した英雄の栄華も死んでしまえばただの塵、人の世は一瞬、愛も権力もいつか消える、そしてこの命も。と歌いました。

ヴィデルント・オムネス

ペロティヌス作曲の4声のオルガヌムの代表的なものとしては「ヴィデルント・オムネス(地上の全ての国々は)」があげられます。同じリズムを積み重ねていくことにより無限に楽曲が構築されていくさまは実に幻想的で、さながらゴシックの大伽藍を仰ぎ見るような趣です。

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ハーモニー

このようなノートル・ダム楽派によるオルガヌムで用いられているハーモニーは、主にオクターブ、5度及び4度といった完全協和音によるものです。3度の音が入らないことにより、空虚で無機的な音にも聞こえますが、「完全」協和音であることが神の完全性を表す神学的な意味を持っていたと考えられます。これは、ノートル・ダム楽派以前の初期オルガヌムにおいても同様です。また、モドゥス・リズムが3拍子系のリズムであることは、三位一体と関連付けられるものです。

グレゴリオ聖歌の意味

定旋律に置かれたグレゴリオ聖歌は、長く引き伸ばされることにより、もはや聴き手にはそれがグレゴリオ聖歌であることは分からなくなってしまっていますが、神に捧げる音楽は、そもそも人に聴かれることを想定してはいなかったようです。人の耳にはグレゴリオ聖歌であることが分からなくても、それがグレゴリオ聖歌であるという事実のほうが重要であったのです。古代の人々は、音楽とは万物の本質的な原理であって世界を調律するものであると考えてきましたが、キリスト教世界において、その考え方が神学的な意味合いに姿を変えて受け継がれていたのです。

中性西洋音楽とラテン語

中世には、「音楽」も「詩」も教会の中にあって、ラテン語で歌われていました。「音楽」と「詩」はアーチを描く高い天井の教会と、厚い石壁の修道院の奥にあるものでした。その「音楽」と「詩」を町中へひっぱり出して、ラテン語ではなくふだん使っている言葉で、武勲詩や騎士道や恋の歌をうたおうという動きが、12世紀頃に始まりました。

中性西洋音楽とモテット

モテットはミサ曲と並ぶ宗教音楽の最も重要な作曲形式ですが、13世紀から今日に至る約700年の間に一時は世俗化の方向へ傾き、また作曲技法や様式のうえでさまざまな変遷を遂げてきました。時代的に大きく分ければ

  • 後期ゴシックまでの中世のモテット
  • ルネサンス時代の合唱ポリフォニー様式のモテット
  • 種々の作風をあわせもつバロック時代のモテット,18世紀後半以降ロマン派から現代に至るモテット

に区分できます。モテットではグレゴリオ聖歌の旋律が概して長い音価で最低部に置かれ、その上に第2,第3の声部が付け加えられるのが常でしたが,新作の声部は、それぞれ異なった歌詞をもっていました。

モテットとリズム
1200年前後のノートル・ダム楽派で登場したモテットでは、各声部がリズム的に異なる流れをもつばかりでなく、声部ごとに異なる歌詞(場合によっては異なる言語のもの)が歌われたという点で、声部間の独立性が極端なまでに推し進められたといえます。13世紀には声部数の増加に伴ってリズムを厳密化する必要が生じ、リズムの音価を詳細に規定する定量理論が成立しました。
モテットの語源
モテットの語源は、中世フランス語で「ことば」を意味する「mot 」という語という説が有力です。これはおそらく、アルス・アンティカのモテートゥスの特徴であるポリテクスト(各パートが異なる言語やテクストを併用する現象)から来ているそうです。他にも典ラテン語の動詞「モウェーレ movere 」(=動かす)が語源で、パート間のポリフォニックな動きを指すという説もあります。

ノートルダム楽派と詩人

神話、伝説、英雄詩、物語が宮廷から宮廷へと伝わり、たくさんの詩人が歌い、山を越え、海を越え、口から耳へ、耳から口へとヨーロッパ中に広がりました。戦場の血に汚れた鎧をぬぐと、剣をハープに持ち替えて歌い、その麗しい声で奥方の心をとりこにして、領主と決闘沙汰を起こしては次の城へと去っていく遍歴の騎士なんて人もいたのかもしれません。

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